今回は、使用者に人事権として認められている配転命令が、権利濫用に当たり無効とされる場合があることを、ある事例から見ていきます。
概要
労働者Xは、従業員40名弱の商社(Y社)で課長として勤務してきましたが、退職勧奨を受け「退職することは納得できない」と拒否したところ、本社から倉庫の荷物運搬業務に異動、さらに課長の職を解く降格命令を受け、これに伴い賃金は1/2まで減額されました。
Y社は、このような人事の理由を
- 総合職としての適性欠如(営業成績の粗利達成率が営業部内で最低)
- 総務経理経験のないXは本社の他部門への配転が適さないため倉庫配転が業務上必要であった
・・・としています。
背景
Xは、かねてから、会議等で率直に意見を述べていたので、現Y社社長が社長に就任する前から折り合いが悪く、また、過去には資格試験の受験を打診されXが断ったという経緯があります。
社長に就任したところで、営業職のXに対し、業務上必要である出張や接待をしないよう指示をしました。それから翌年になって、退職勧奨がなされました。Xは、およそ2ヵ月間のうちに3回、退職するよう求められています。
結果
このような配転命令は問題ないのでしょうか。
この事例は、親和産業事件(大阪高裁 平成25年4月25日判決)です。
結論から言うと、配転、降格及び賃金減額は権利濫用で無効とされ、Y社に対して、減額後の差額賃金の支払いが命じられました。
さらに、この配転命令は、“嫌がらせ”(民法709条の不法行為)に当たり慰謝料50万円が認められました。
裁判所からこの配転命令等が「権利濫用に該当するから無効」と判断された理由は次のとおりです。
- 新規開拓営業を主に担当していた従業員はX一人で、他の従業員と単純比較はできないし、その仕事の性質上、めぼしい成果を上げられなかったからといって
Xの資質や能力の問題とはいえない。 - 出張や接待を禁止されていたことを考えれば、Xの成績が特に悪く、また営業担当者としての適性がない、とはいえない。
- Xが課長に就任してから今回の配転等の命令まで、課長職を解くことも、賃金等の減額もせず、Y社は、Xの成績をことさらに問題視していなかった。
- 配転先の倉庫は、もともと従業員一人が担当できる業務量だったし、Xは持病のため運転できないので、倉庫業務では必要不可欠な運搬業務には従事していなかった。
- Y社が、本社の他の配属可能性について総務経理事務は経験者でなければできないと言っているが、そうは考えにくい。
- 賃金を1/2以下に減額し、これを正当化するための配転命令及び降格命令であり、退職勧奨を拒否したXを退職に追いこむための不当な動機および目的があった と推認される。
使用者側コメント
配転命令は、使用者に認められた人事権です。Y社の就業規則には「業務上必要があるときは配転命令をすることがある」、「従業員は異動を正当な理由なく拒否できない」と規定されていたので、労働者の同意は不要です。しかし、この配転命令権は無制限に行使できるわけではありません。
どのような場合が配転命令権の濫用にあたり、無効とされるのでしょうか。
- 業務上の必要性
- その配転によって受ける労働者の不利益の程度
- 不当な動機や目的によらない
これらが検討されます。
上記事例では、業務上の必要性はなく、賃金の1/2までの減額とは不利益が大きすぎて労働者が普通受け入れられる程度を超えており、さらに賃金減額を正当化するためという不当な動機や目的による配転降格であるから無効、と認められました。
なお、退職勧奨は原則1回までです。労働者が拒否の意思表示をした後にさらに行うと、退職強要に当たり、不法行為を構成するリスクが高まります。
もし、能力不足や従業員としての不適格を理由に人事権の発動が必要になったら、その前に以下ご確認下さい。
- 改善を求めて注意・指導・教育を一定期間、数回かけて行うこと
- 他の配属の可能性を検討すること
- 本人の弁明を聞くこと
不利益処遇を受けた側の労働者にとってみれば、「不当な動機」には敏感です。
”後付け”の動機は意味がないので、根気強く、丁寧な対応を取ることが遠回りのようで近道です。
労働者側コメント
賞与は、支給額まで提示されていないとなかなか請求権まで発生しません。通常の就業規則においては、「業績を勘案して決定する」といった表現に留まるので、前年から下がったことだけで差額請求はできないものですが、上記事例は、賞与の査定が不法行為を構成したので、差額請求ではなく損害賠償請求が認められました。
両当事者側コメント
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上記事例のように、嫌がらせ、退職勧奨、配転降格など、時間が経つほどダメージは大きくなります。当事務所に相談にみえる方も、ギリギリまで我慢してからいらっしゃることが多いように見受けられます。
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