今回は、ハラスメント行為が発生した後、使用者の採った対応が労働契約上の義務違反にあたるとして、損害賠償が命じられた事例を見ていきます。
概要
講師Ⅹは、授業中に学生Yからセクハラ行為を受けたことについて、雇用主である学園に対応を求めました。
学園が採った対応は次のとおりです。
- 講師Ⅹは、学生Yを自分の授業に出席させないでほしいと要求しましたが、学園は「授業料をもらっているから」と言って拒否
- 学生Yに30分/回程度の事情聴取を2回
学生Yは、「『ノリ』で触ったかもしれないが覚えていない」などと回答。聴取担当者は、「事実やっていないと否定はしていない」という認識を持ちました。
- 授業に居合わせた他の学生に電話、4人から回答があり、講師Ⅹと学生Yの間のトラブルなど特段の事情は聴取されませんでした。
- 学園は、講師Ⅹに対して「学生Yは謝りたいと言っている。ご勘弁いただけないか」と尋ねましたが、講師Ⅹは弁護士を通さなければ何も言わないと回答。
- ハラスメント調査委員会の議事において、事案の詳細、学生Yの面談結果、授業の状況の聞き取り調査等を基に精査した結果、ハラスメントに該当する事実は認められない、と結論。
- 学園は、講師Ⅹに対して、上記結論と講師Ⅹの要求(学生Yの謝罪文と金銭賠償)には応じかねると回答しました。
講師Ⅹは、学生Yに対して不法行為に基づく慰謝料、学園に対して労働契約上の債務不履行に基づく慰謝料を請求し提訴しました。
裁判所の判断は要約すると次のとおりです。
学園は、学生の履修継続を優先して、当初から「何もなかった」かのように事態を収束させたいと考えていたと推認される。学生Yの事情聴取から、ハラスメント行為があった可能性は否定できないとの認識を持っていたにも関わらず、講師Ⅹから(弁護士立会いの元で)再度の事情聴取をしなかった。それなのに、ハラスメント調査委員会においては、前述の認識とは逆の「ハラスメント行為はなかった」という結論を下した。このことは、不十分な調査によって講師Ⅹに不利な結論を下したという他ない。結局、学園側の措置は、講師Ⅹの思いを封じ込める形で事態の解決を図ったものである。講師Ⅹと学生Yの関係を改善させる具体的方策も講じていない。学園は、学生Yの履修継続と事態の早期決着を目指すことを優先して、講師Ⅹの言い分を尊重しないで精神的に相当傷つけた。
結果として、労働契約上の義務に違反するものと認められ、学生Yは11万円、学園には88万円の支払いが相当とされました。
上記事例は、学校法人M学園ほか(大学講師)事件 千葉地裁松戸支部 平28.11.29判決 です。
背景
セクハラの内容は、男性講師が男子学生から授業中に臀部を触られた、というものです。判例では、「ノリ」で行為に及んだ学生からすれば、講師Ⅹが提訴するほど精神的苦痛を被るとは予想していなかっただろうし、学生の年齢的にもそのような認識はやむを得ない、とあります。ただし、学生Yの行為が法的に許されるわけではないので、Yの負担は10万円(+弁護士費用1万円)が相当、とされました。
労働者側からみたコメント
講師Ⅹの使用者に対する不満は、
- 学生Yにセクハラ行為をしないよう指導するなどの適切な措置を講じることなく事態を放置したこと
- 当事者間の言い分が対立しているのに、踏み込んだ調査を行なわなかったこと
などであり、これを指して「労働契約上の債務不履行」と主張し、裁判でも認められました。
講師Ⅹの、被害を申し立てた後の使用者の対応から受けた精神的苦痛は、2次被害といえます。
様々な事例の中には、申し立てた側のほうが、まるでトラブルメーカーのように見なされる場合もあって、その精神的苦痛は、想像に難くありません。
当事務所は、調停・あっせんを申し立てた場合に、代理人として相手方と交渉します。
使用者側からみたコメント
学園側は、必要な調査を尽くした、と反論しています。
しかし、講師Ⅹと学生Yの言い分が対立している状況下で、ハラスメント行為はなかった、と結論した理由は明確ではありません。
本来、ハラスメント調査委員会は、公正中立に事実認定とハラスメント該当性を評価します。学園側は、「ノリ」でやってしまった学生を許してやってくれないか、という考えだったことが伺えます。
それでも、行為は行為として事実認定した上で次の措置を検討することが求められています。
「はじめから何もなかったことにしようとしていた」と裁判所に指摘されたとおり、このような不信感に対して、労働者は敏感に反応して、法的手段を考えます。解決を急ぐあまり、調査と結論に至るプロセスが疎かになれば、解決はさらに遠くなるという事例ではないでしょうか。
当事務所は、迅速なハラスメント調査委員会の設置運営を支援しています。