今回は、「入社誓約書」と「賃金の一部控除に関する協定書」の提出を拒んで普通解雇となった事案を見ていきます。
概要
派遣会社と雇用契約を締結した従業員Xですが、入社誓約書と賃金の一部控除に関する協定書を会社に提出しませんでした。
これらの書類には、作業服代が賃金から控除される条項がありました。従業員Xは、そこが引っかかっていたようです。
雇用契約期間開始から2日後に、会社からXに解雇の意思表示をしました。この解雇は有効でしょうか。
事例は、アウトソーシング(解雇)事件(東京地裁平25.12.3判決)です。
結論から言うと、解雇は合理的理由がなく無効として、最初の契約期間満了(3ヶ月間)までの賃金支払いが命じられました。
協定書も誓約書も労働者に対して任意の提出を求めるものであって、提出を拒んだことを業務命令違反とすることはできない、と判示されました。
解雇事由に該当するかどうかの検討
判例によれは、従業員が誓約書等を提出しなかったことが、記載条項を遵守しないという意思表示であるとか、会社の円滑な業務遂行を故意に妨害したと評価できるようなときは、社員としての適格性の問題が生じますが、この事案の場合、従業員Xは作業服代の控除の条項を問題にしていたのですから、「成績不良で、社員として不適当と認められた場合」(おそらく就業規則条項か)に当たらない、とされました。
その他、会社が主張した誓約書等の未提出による以下の業務上の不都合も、裁判で否定されました。
- (会社) 派遣先に対する機密保持確保上の不都合
(裁判所)誓約書の提出がないまま3日間勤務させているのに派遣先との間に具体的な問題が生じていない。 - (会社) 緊急連絡先が把握できず、安全配慮義務が履行できない
(裁判所)安全配慮義務は、把握できた情報の限りで果たせばよいし、実際に業務上の不都合が生じていたとは認められない。 - (裁判所)従業員Xの勤務先は、作業服控除が生じないのだから、その旨の確認書を差し入れるなどして、Xの疑問を解消した上で誓約書の提出を求めることもできた。
背景
入社の数日前、従業員Xは「派遣はあやしい」などという発言をしました。
このことを会社は、社員としての適格性に関わる問題と捉えたようですが、裁判所からは、それならそもそも雇用契約を締結していなかったはず、と言われています。
つまり、入社3日後になってからの解雇事由にはなり得ない、という判断です。
コメント
入社時の誓約書は、リスク回避として一定の効果があるので多くの会社で採用されています。
賃金の一部控除協定書は、協定締結せずに作業服代を天引きすれば違法です。
事例の会社は、前述のようなXの発言からリスクを感じ取っていて、誓約書等の提出拒否をもって、リスクが確信に変わり、解雇という決断をしたのかもしれません。
しかし、実際に不都合や損害が発生していない時点での解雇は、上記事例のように否定される可能性が高まります。
まとめ
労働者側
納得できない労働条件にはサインをしない、という姿勢は賢明です。それなのに就業を開始してしまうと、不満は収束するより増大する確立のほうが高いのではないでしょうか。その後に良好な労使関係を築くことは困難が予想されます。 →ご相談は
使用者側
賃金の一部控除協定によって「賃金の全額払いの原則」をクリアしたとしても、作業服代を従業員負担とすることには疑問があります。特に社名が入った作業服などは、その就業場所での使用に限られ、悪用を防ぐためにも貸与品として退職時に返却することとし、返却が無かった場合に一部負担を求めることがある、という誓約書を取ります。
裁判所から指摘された3)のように、丁寧な個別対応を取ることは紛争回避に有効です。また、誓約書の提出を拒む場合に採用を見送ることも一案です。ただし、事案によっては内定取消の問題も生じる可能性を視野に置き、慎重に対応します。 →ご相談は